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偵察戦力緊急展開!「光」作戦 (其の参)

艦これ

 E-3乙、とりあえず輸送ルートはストレートで終了。

 しかしE-2で雷巡3隻全部使っちゃったので、どうすっかなーと悩み中。

 阿武隈改二は2隻作成済みなので問題ないんだけどね。

 

 つか、出撃制限ってほんまクソだわ。難易度上げたいガチ勢は、自分で勝手に縛りプレイすりゃ済むだけなのにね。

偵察戦力緊急展開!「光」作戦 (其の弐)

艦これ

 結局、E-1掘りは上手くいかなかった挙句、残りTP僅かのトコでぼーっとしていてうっかりゲージ割っちゃったので、そのままさっくりとクリアしたのが2月15日で、そこからサボる事実に五日間、何もやる気わかなくてほったらかしにしてました。

 

 で、20日になってから、ようやく重い腰をあげてE-2開始。時間的に甲チャレンジしているヒマじゃねーぞと思ったため、当然の乙チャレンジで。今回は丙報酬が甲乙と比較して余りにもしょぼすぎるため、さすがの丙提督のオレでも頑張らざるを得ない罠。ぐぬぬ

 とまれ、E-2は輸送部隊だとボスS勝利が難しい=掘りには向いてないと聞いたので、最初から掘り+攻略の同時進行でやるべーと空母機動部隊(第1艦隊正規空母×4+防空駆逐×2、第2艦隊:阿武隈改二+雷巡×3+先制対潜用駆逐艦×2)でチャレンジしたところ、支援なしでも充分S勝利可能だったためそのまま進めてみたら、4回目辺りで藤波があっさりドロップ。

 E-1掘りとは何だったのか(遠い目

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 しかして、空母機動部隊はボスS勝利を念頭に置いた編成で、S勝利しても10TPも削れないクソ編成だったので、藤波出ればこっちのもんじゃいと、急遽輸送部隊に切り替えてゲージ割り開始。支援なしでもA勝利は充分可能だったものの、乱数の嵐という名の大破撤退には勝てない&もう何か色々面倒になってきたので、こちらも急遽道中支援と決戦支援を惜しみなく投入。

 それでもまあ、ワンパン大破撤退はちょくちょく起きたんですけどね。ええ。

 んで、輸送部隊だとTPが残り25%を切るとH→J間で無限ループが始まると聞いたため、TPが残り100を割ったところで、再度空母機動部隊に切り替え。支援もそのまま継続したので、さすがにこちらはサクサクプレイだったんだけど、それでも大破撤退を2回挟むという相変わらずのハードラックとダンスっちまうちくわさんでしたが、都合5回の出撃で何とか無事クリア。

 最初に掘り兼用で進めてたときはゲージ削るよりS勝利目指すべきじゃろって事でドラム缶も大発も一切積んでなかったんですが、藤波が出た以上目指すべきはクリアという事で、さすがにそれじゃ時間かかって面倒すぎるから、第1艦隊の防空駆逐×2の片方をВерныйに変更して大発をガン積みしたところ(確か)S勝利で30前後削れたため、道中の大破撤退の2回を除けば、ワリと素直にクリアできた感じ。

 スピードクリアを目指したためカスダメでも惜しみなくバケツを投入した結果、バケツ消費が90前後になったのは若干痛かったけど、まだ2900個以上あるので余裕。ちくわさんはエリクサー症候群なので、常に3000個ないとモヤモヤするのだwww

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資源消費的には、燃料と弾薬がそれぞれマイナス1万前後、ボーキ消費はマイナス5千前後、鋼材はマイナス2千程度で、途中から大和型を含めたフル支援を出し続けたワリには大した事もなく、終始安定していた感じ。

 ちなみに、第2艦隊の阿武隈+雷巡×3組は魚雷×2+甲標的より、主砲×2+甲標的つけたほーが昼戦で連撃が出る分、敵の打倒率が高かった模様。最初これに気付かなくて、開幕雷撃がカスった場合のリカバリーが出来ず、最初の掘り段階ではS勝利どころかA勝利逃した場面もあったんですよね。

 これは切り替えた輸送部隊も同じで、第1艦隊の航巡に瑞雲系ガン積みして開幕威力と制空権を取る事ばかり考えてたものの、結局、主砲×2+瑞雲系×2装備にしたほーが道中の安定性は保たれていた感じ。

 ところで、松風の声はどー聞いても伊藤静さんですよね。サラトガ姉さん&朝風が投入された前回から、すでに用意されてたって事なんでしょね。

ジパング警察は多様性文化の夢を見るか?

アイヌ警察 ポリティカルコレクトネス 出羽の守 SJW 政治

www.nikkansports.com

togetter.com

www.buzzfeed.com

 いやもう、海外にもアイヌ警察(notアイヌ民族)ならぬジパング警察(not日本人)が存在するんだなと驚愕した顛末。

 この批判の根幹は大きく分けて以下の二つのようだ。

  1. 「多様性(ダイバーシティ)」を謳う記事にも関わらず、白人モデルが黄色人種の真似をし、日本人モデルを起用しなかった事。
  2. 写真や記事の内容において、「正しくない日本の文化(文化の盗用)」が表現されてる事。

 

 1に関しては、オレ自身がVOGUE誌そのものを見てないので詳細は不明だが、上記buzzfeedの記事によると、カーリー・クロスさんは6ページにも渡ってアジア人風メイクをして登場しており、実際のアジア系モデルは二人しか登場してないとの事。

 ダイバーシティ特集が全何ページなのかは不明だが、6ページも紙面を割き、カーリー・クロスさんが様々なアジア人風メイクで撮影した写真を掲載していたなら、そういうコンセプトアートなんじゃねえの?としか思わないんだが、どうなんだろう。

 ダイバーシティ特集なのに、白人文化圏の表現しか起用しなかったのならそりゃ確かに問題だろうけど、あくまでも「多様性」の特集であって「人種」の特集じゃないなら、別に問題はないだろうに。

 かつて白人は差別的意図で黒人の真似事をして、現代ではそれは差別と解釈されるが、この写真にそんな差別性は見受けられない。もちろん勘違いによる誇張がゼロとは云わないし、それを偏見に基づいた表現=差別だと云う人もいるだろうが、それを判断すべきはその対象=当事者である日本人であるにも関わらず、日本人以外が勝手に日本人を代弁するなど、まさにジパング警察。

 

 2に関して、文化背景を背負ってない白人が白人種以外の他文化を装うと「物珍しさやキッチュさで取り上げ、表層的にモノマネする意味が強調される」「御手水で手を濯いでいるとこ」等が文化の盗用(Cultural Appropriation)だと批判されていると語っている人がいるようだが、ほな何か? 海外からやってきた訪問客が神社の御手水で手を濯いだり、コスプレ気分で和装をしたり、和装を自分好みにアレンジしたら、日本人に対する文化の盗用として差別行為になるのか? そんなバカな話があるかボケ。

 百歩譲って、差別の本場アメリカにはブラックフェイスやホワイトウォッシングの問題があるとしても、それを判断するのは被差別者とされる側の大勢の意見であるべきで、今回の件で云えば、それこそアメリカ在住の日本人や日系人が「差別だ!」と騒ぐのならともかく、そうでない層が殊更「差別だ!」と騒ぎ立てるのは、ポリコレ棒を振りかざす狂人や、勝手に代表面する自称マイノリティと同じ。

 

( ´Д`)「カーリーはんを批判している層としては、不謹慎厨的感覚なんとちゃうやろか。『おいお前、わしと同じ白人やのに黄色人種の真似事するとか不謹慎やろ!』あるいは『おい白人、お前ら昔は黒人の真似して差別や云うとったのに、今度は黄色人種の真似事するとか不謹慎やろ!』みたいな」

 

 もしそうだとするならば、小さな親切余計なお世話の典型だねえ。

 それこそ文化背景が違う結果と云えるのかも知れないが、同時に今回の件では多くの日本人が「何が差別なの?」とあっけらかんとした反応をしている様を見ていると、やっぱり日本人にポリコレの概念は向いてないと改めて感じたなあ。

 

( ´Д`)「それを寛容と見るか鈍感と見るかは人それぞれやろうけどな」

 

 オレは寛容の結果だと信じたいけどね。少なくとも、当事者を無視して不謹慎だ差別だと騒ぐ連中の言動を、オレは昔からずっと批判しているだけに。

 ところで、今回の件でオレが真っ先に思い浮かべたのは、以下の騒動。

togetter.com

www.afpbb.com

 かたや6年前のまとめ、かたや8年前の記事なので、当時はポリコレとかまなざし村とか○○警察なんて揶揄はまだ存在しなかった(あるいは使う人が少なかった)ようだが、これらに対する批判の声は、まさに「着物警察」そのものだよね。

 そこに差別や元の伝統を歪める意図がないならば、誰が何時何処でどのような和装をしても構わないし、公序良俗に反しない範囲でアレンジしても構わない。そもモードの世界なんて、一般常識から見れば「それ誰が着るんだよwww」というおかしなデザインの服がコンセプトアート(ファッション)として通用している世界なんだから、それを一般常識的視点から批判する事自体がナンセンス。

 もちろん、下品だ卑猥だと否定・批判するのがダメという話ではなく、そういう批判を唯一無二の正しい見解と思い込み、自分の気に入らない表現を潰すために抗議するのは不快感厨そのものだという話。

 実際、和装アレンジ云々以前に下着丸見えはどうよと思うのはオレも同じだが、フランスのファッションショーなんて下着どころか、乳首も性器も丸出しのファッションとか普通にある世界だからね。これが街中を歩くためのコスプレ衣装としてレンタルされてるとか、地方や特定地域で行われているようなただの「美人コンテスト」ならさすがのオレも問題だと思うけど、コスチューム部門まで用意されていて、いわゆるモードの世界とも関連のある「ミスユニバース」の話だからね。

 

 しかしまあ、オレは「ストリートファイターⅡ」「女神転生」「ニンジャスレイヤー」「スシポリス」「ハリウッド実写版・攻殻機動隊」などなどが何の衒いもなく楽しめる日本に生まれて日本で育って、ホントに良かったと心の底から思う。

偵察戦力緊急展開!「光」作戦

艦これ

 ぼちぼちやってます。

 ただ、E-1甲のボスマスで浦波か明石かU-511出るまで止めらんねえと、そこから先に進めなくてだるい。鹿島と浜風は出たんだけど、持ってるのでポイしました。

 で、そんなE-1甲掘り(ゲージ削り終了以前。TP3残し)ですが、色々悩んだ結果、正空×3+先制対潜攻撃可能艦×3(軽巡1駆逐2)でかなり安定して削れるようになりました。

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  いずれも、運以外は全部近代化改修MAX済み。

 天城は単に改になるとグラフィックが変化しすぎるので、期間限定グラ用のストック。飛龍蒼龍は改二養殖用にちまちま育ててたのを投入。翔鶴瑞鶴も改二甲とは別に育ててるので、そっち投入してもいいんだけども、とりあえずこれでも何とかなってるので、まあ問題ないかなと。

 ただ、無改造天城はスロット数の偏りが酷いので、ちゃんと改にした正空投入したほーがもっと安定性は増すと思いつつ、とりまこれで。

 

 鬼門はDマスの空襲マスなんですよね。自分、扶桑姉妹もビックリの超リアルラックなし提督で、都合40回以上出撃させてますが、ここで大破撤退させられる事、実に10回以上。だもんで、航空隊を陸戦のみにしてDマスに集中させる事でこれを回避。

 Bマスの重巡水雷戦隊は正空×3の開幕+初回攻撃で旗艦の重巡以外はほぼ仕留められるし、よしんばここで大破撤退する事になっても明石チャンスがあるので、Dマスで大破撤退するよりはマシかなーと。ちなみに、Bマスでの大破撤退は一度だけで、それ以外は最大でも中破止まり。大抵は無傷通過で、悪くても小破程度で済んでるので、ゲージ削り前のE-1甲掘り上手くいかないなーって人はお試しアレ。

 とりあえず、E-1は陸戦と陸攻の熟練度稼ぎにも丁度いいので、半々に混ぜてBマスとDマスそれぞれにドンするのもアリかもしれんが、まだ試してない。(熟練度自体は稼げたけども)

多文化共生のメリットを語る事なく、それを受け入れない日本人を批判する人たち。

政治 出羽の守 SJW アイヌ警察

togetter.com

 これなー。別に云ってる事は間違いじゃないんだけど、典型的なお前が云うな案件でしかないんだよな。未来を決めるのは若い世代だし、世の中の流れに達観した老人を待つのは自分の死だけで、それを大人しく座して待つならまだしも、自分の死や理想を若い世代に押し付けるのに失敗した挙句に「平等に貧しくなろう」だなんて、傲岸不遜にも程がある。

 そもそも、無駄に主語がデカイのも批判される要因。例えば、「私は多文化共生に耐えられないので、豊かさと引き換えに移民を受け入れるくらいなら、移民を拒否して貧しい方がいい」という個人意見なら「そうだねプロテインだね」で済む話なのに、自分と考えの異なる相手に対するわら人形批判なんだから、そりゃ批判されるわって話で。

 多文化共生の話にしても、そもそもアメリカやオーストラリアといった移民で成立した国が行き詰まって、アメリカファーストだのワンネイションだの出てくるワケだから、最初から上手く行くわきゃねーんだけど、その上で「どうすれば上手く行くのか」っつー具体的方策や思索がないからこそ「デメリットが大きい」と否定・反対されてるのに、それに対してやれ「日本人は寛容さが足りない」「日本人は排外主義者だ」などと論じれば、そりゃ余計に反発されるだけだろバカじゃねえのって話でさ。

 そもそも移民の成功例が少ないのが問題なんだけど、移民推進派はそこいらを無視し、移民反対を唱える側を「寛容さが足りない」「排外主義」「人権意識が希薄」だなどと、頭ごなしにバカにするばかりで、決して移民を受け入れた場合の未来を語ろうとはしない。何故なら、そういう連中は自分の言動に責任を持つつもりなんて全くなくて、移民反対派を非人道的と批判する事でマウントを取りたいだけだからね。

日本は寛容か不寛容か?

 移民賛成派は、兎角日本(日本人)は不寛容であると主張したがるが、果たしてそうだろうか? この問いに関しては、何処に論点を置くかっつー話でしかないとオレは思う。

 根本的に日本人の排外性が強いのはその通りで、そういう意味では不寛容と云える。ただし、それはあくまでも「場の空気に馴染もうとしない人たち」に対する拒絶反応であり、相手が他県民だろうが外国人だろうが、馴染む努力をする人を拒絶するような排外性や不寛容さは持たない。そればかりか、そうして馴染んだ人たちが持ち出した新しい文化を取り入れ、自分たちに合うようにカスタマイズできる柔軟さがある。だからこそ今我々はテレビだのスマホだのパソコンだの、外国語が由来の言葉を外来語として、母国語(日本語)に馴染ませ、日常会話の中で平然と使う事が出来るワケだしね。むしろ、そういうカスタマイズを文化侵略だの何だのと批判しているのは、特定の少数民族の側だし。アイヌ警察なんてその典型だよね。

 そういう点を踏まえてると、確かに日本は「国籍や民族が異なる人々が互いの文化を認め合い、対等な関係を築きながら地域社会の構成員として生きる多文化共生」には向いてない。ただし、「国籍や民族が異なる人々が互いの文化を認め合い、それを日本での生活に向くようにカスタマイズしつつ、対等な関係を築きながら地域社会の構成員として生きる」事は出来る。

 多文化共生での一番の問題は、移民者=国籍や民族が異なる人々の文化が、移民先の国民にデメリットをもたらす場合であり、移民反対派が恐れているのはまさにその点にある。

 特に日本は国土が狭いのに文化圏が都市部に集中しているため、そうした都市部に他国のように外国人自治区を作るのも難しいし、移民が勝手にそういう文化圏を作ってしまえば、より大勢の日本人に嫌われるだけになるだろう事は想像に難くない。

 一方で田舎には土地が余っているので、もしオレが移民受け入れを推奨するなら、今現在使われてない田舎の土地を移民に明け渡し、その移民の特色に応じた特別自治区を形成させる事を考えるけどね。もちろんトラブルが起きた場合の根拠法は日本の憲法と法律が優先で、米軍基地のような治外法権は認められないが、それだけにお互いが気軽に「異国の文化」を楽しむための素地になると考える。また、企業はそうした自治区に対し、特定文化に完全対応した工場や施設を建てる事も出来るし、そうなれば需要も生まれる。

多文化共生という名の文化の押し付け。

 しかして、アイヌ警察のようにポリコレ棒を振りかざすのが大好きな連中がすでに国内に存在する事を踏まえると、日本でいわゆる「多文化共生」を実現するのは難しいだろう。

 彼らはアイヌの文化のみを大事にし、日本人と文化的に交わる気はないどころか、アイヌ文化に影響を受けたコンテンツを揶揄しては、やれ「文化侵略」だの「少数民族に対する差別」だのと論じ、場合によっては「自分たちはアイヌであり倭人=日本人ではない」とまで云う。もちろん、彼らが日本という国家に守られている同じ日本国民である事実は揺るがないのだが、アイヌのように遠い過去から日本列島という同じ場所で生活していた文化圏からすら、そのような一方的拒絶が生じている以上、遠い外国から来た人たち、それも日本の文化に馴染もうとしない人たちが多くの日本人に受け入れられるのは難しいだろう。

 一方で、コンビニなどにはすでに多くの外国人労働者が働いている光景をよく見かける。もし彼らが母国の文化を優先し、仕事中に断食したりお祈りしたり安息日には働かないなどと云い出したら、雇用主も容易には雇用できないだろう。その逆で、そうした条件をあえて飲んだ上で雇っている雇用もいるかもしれない。いずれにしても、それは個々の事例であって、これをもって多文化共生が成立しているとは云えない。

 ただ、すでに日本の文化に馴染もうとしている、あるいは馴染んだ外国人は受け入れられている。その事実をこそ、移民反対派にマウンティングする事しか考えてない意識の高い移民賛成派は理解すべきなのではないだろうか。

求めているのは理解ではなく、クレームの強要という話。

 

学校生活、給食など苦慮 ムスリムの子に「理解を」

(2017/2/7 08:53)

生活に不安を抱えるムスリムへの実情に理解を求めるエフィ・グスティ・ワフユニさん=4日、浜松市中区
生活に不安を抱えるムスリムへの実情に理解を求めるエフィ・グスティ・ワフユニさん=4日、浜松市中区

 静岡文化芸術大主催の多文化子ども教育フォーラムが4日、浜松市中区の同大で開かれ、静岡県多文化共生審議会委員で、インドネシア出身のエフィ・グスティ・ワフユニさん(39)が講演した。県内のイスラム教徒(ムスリム)への調査を基に、ムスリムの子どもたちが学校生活で給食や礼拝などに苦慮している現状を報告。「ムスリムを取り巻く問題改善のきっかけになれば」と訴えた。
 調査は昨年11月、県内在住の同国人ら26家族を対象に、学校生活や職場で困っていること、対応策などを尋ね、実態を初めて公表。「ハラール対応」ではない学校給食に多くの保護者が悩んでいる様子が浮かび上がった。大半が毎日弁当持参か、豚肉使用のメニュー時におかずを持参する対応を取っていて、「給食は食べるが豚肉は残す」ように子どもに指示している家庭もあった。
 学校や職場で、お祈りや断食、女性が頭にかぶる「ヒジャブ」を禁止された例や、侮蔑の言葉を投げ掛けられた体験談も示された。
 エフィさんは、ハラール対応の給食を出す福岡県内の私立保育園や金曜日の礼拝を例外的に認める浜松市内の学校などを紹介し、「ルールだから駄目というのではなく柔軟な対応を検討してほしい」と理解を求めた。

学校生活、給食など苦慮 ムスリムの子に「理解を」|静岡新聞アットエス

 そもそも日本の義務教育課程における給食システムが何のためにあるのかっつーと、それは就学児童の栄養不足を解消するため。元々は戦前から実装されたシステムで、高度経済成長期の辺りに形骸化されかけたものの、昨今では児童虐待や育児放棄への対策として新たに見直されている面もある。

 また、特に昨今ではアレルギーに対する理解が進んだ結果、文科省が学校給食における食物アレルギー対応を各学校に求めるため、その指針を作成するというケースもある。

アレルギーとハラールの違い。

 では、ハラールとは何であるか。以下のリンクに詳しい。

www.jhalal.com

 ぶっちゃけ読めば解りますが、要するにロハスと同じです。「食べ物には清浄なモノと不浄なモノがあり、自分たちは清浄なモノしか食べません。その食べ物が清浄か不浄かを決めるのは神様です」という、いわゆる「宗教上の理由」以上でも以下でもないド直球です。

 食物アレルギーは本人の好き嫌いと一切関わりのない生態反応であり、これを克服するのは重度であればあるほど不可能に近いですし、軽度であっても体調不良に繋がりますし、重度の場合は死の危険性すら生じます。だからこそ対応せざるを得ないのですが、食べても死ぬどころか体調を悪くすらしない、よしんば体調を悪くするとしてもそれはただの感情論の問題=本人の主観の問題でしかない事にまで、いちいち行政が対応する必要は全くありません。

 日本ハラール協会は「イスラーム教徒のハラール食へのこだわりは、ただ単なる人の好き嫌いではありません」と説明していますが、それはただの好き嫌いよりもっとエゴいモノでしかありません。己の宗教観に基づいた主観的忌避を、まるでアレルギーか何かと同じ生態的な問題に挿げ替えようとしたり、差別問題に錯覚させようとしているのですから。

親が子供に対し、自分と同じ宗教を信じるように「強要」する事は児童虐待である。

 そもそも、学校給食とは義務教育過程の児童に提供されるものです。彼らが自分の意思で信じるモノを選択可能とするためには、日本では一般的に成人するまでの猶予があります。それまでは少年法をはじめとした様々な法律によって、時に庇護され、時に制限されています。ただ、 そこにある子供たちの意思はあくまでも彼ら自身のモノであり、親がなすべきは彼らの健全な成長であり、それは未来の可能性です。

 子供が望んでハラールを選択したのであれば、その意思は認めるべきです。しかし、親のエゴで子供に教義を押し付けるのは立派な児童虐待です。イスラム圏では宗教が政治や文化と不可分になっているため気付かないのでしょうが、選択の余地なくムスリムの道を進むしかなかった子供を守るためにも、宗教儀礼に基づいた食のタブーを学校教育の過程でわざわざ認める必要はありません。

 まして、弁当の持参や給された給食を残す選択肢が認められているのであれば、それで充分柔軟な対応を行っていると云えるでしょう。学校給食の主旨を考えれば、最大限の譲歩と云ってもおかしくありません。

 それ以上を望むのは決して理解を求めているのでなく、クレームを受け入れろと強要しているのと同じです。

差別とは不当な扱いをする事。

あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約
1 この条約において、「人種差別」とは、人種、皮膚の色、世系又は民族的若しくは種族的出身に基づくあらゆる区別、排除、制限又は優先であって、政治的、経済的、社会的、文化的その他のあらゆる公的生活の分野における平等の立場での人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを妨げ又は害する目的又は効果を有するものをいう。

 記事では、ハラールへの理解がない事を、お祈り、断食、ヒジャブの着用などを禁止された例と侮蔑された事を関連付け、差も差別であるかのように扱っていますが、これらの扱いはあくまでも「学校や職場に私事を持ち込むな」というルールであり、「日本において宗教的儀礼の一切を禁じる」ではないのです。その事と、宗教的儀礼を知らないモノによる侮蔑は全く別の話です。

 そういう意味で云えば、ムスリムの文化を理解して欲しいと望む声が上がるのは道理ですし、理解もできます。しかし単なる理解ではなく、その理解の上に(理解する以上の)要求を望むのであれば、それは理解を求めているのではなく、自分たちのルールを強要しているのと同じです。

 宗教的儀礼は学校や職場に赴く前や帰宅後に好きに行えばよいのであり、もしその宗教的儀礼が文化として生活に根ざしているモノであり、他国の文化と共生が出来ない・難しいというのであれば、そうした儀礼に対応している個別の宗教学校を選択すべきでしょう。

 そも、他国で自国の宗教的文化への理解を求めるのであれば、その前にその他国の文化を先ず理解すべきです。少なくとも日本は国民ないし在日外国人の信仰の自由を害しませんが、だからといって公的・私的を問わず、あらゆる宗教儀礼に対応する必要は全くないのですから。

 仮に「学校教育を受けるのを禁ずる」という教えの宗教があったとして、その宗教的儀礼を認めて児童から教育を受ける権利を奪うのは、果たして正しい事でしょうか? また、新興宗教の教義はダメで、昔からある宗教の教義ならOKと云うのであれば、それこそが宗教差別そのものでしょう。いずれも区別しないからこそ、そうした個々の選択肢の結果によって生じた主観的な自己制限=義務は各々が負うべきですし、その義務が児童の不利益になるにも関わらず国家が容認するのであれば、それこそが児童虐待という人権問題そのものです。

「我々の宗教文化はあなた方のルール上では奇異に見えるかも知れませんが、理解してください」と「我々の宗教文化に基づいた宗教儀礼を認め、そのためにルールを改定してください」は明確に違う要求なのです。

何事にも一定の配慮は必要だが、全部を認めていたらキリがない。

 個人的にはヒジャブやブルキニくらいは認めるべきだと思うけど、結局一つ認めると次は次はと際限がなくなるので、やっぱり宗教観に基づいた文化を生活規範にするならば、それに対応した国にいるのが一番いいと思うのですよ。

 オレなんてヱロ絵を自分でも描くし、もちろん他の方が描いたそれを見るのも大好きだけど、海外ではそれが法的にアウトの国もあるのね。じゃあそういう国で「ヱロ絵を描く表現の自由を認めろ!日本では自由だぞ!人権侵害だ!差別だ!国家による弾圧だ!」と声高に叫ぶのが正しいのかと云われると、全くそうは思わない。

 多分その国の、ヱロ絵禁止の法律に満足している人は「じゃあ日本に帰れよ/ヾ〜〜╋┓」って云うんじゃないかなあと。

 もちろん、実はヱロ絵描きたいと思ってる人たちが多くいれば、ルールが変わる可能性はあると思うが、ムスリムの場合はあくまでもイスラム教という宗教が規定になっているので、それは人権を前提とした問題提起とは異なるから、やっぱり難しいと思うっつーか、イスラム教文化圏でしか通用しない屁理屈そのものだよね。

 例えば、ちょっと前の中国では、文化としてそこいらで糞尿を垂れ流したりゴミのポイ捨てをするのが当たり前で、これはほんの数十年前の日本でも同じ事だった。でもマナー・倫理・道徳・衛生といった観念が上昇した結果、それはよろしくないんじゃないかって事になり、現在では不道徳として扱われているけど、仮にその文化が残っていたとして、他国で糞尿を垂れ流したりゴミのポイ捨てを「我々の文化だ、受け入れろ!受け入れないなら差別だ!」とするのが正しい事かと云われるとやっぱり違うよね。その国にはその国の文化に基づいたルールがあって、それを守る必要がある。

 もちろん必要に応じてルールは柔軟に改定すべきだが、それはあくまでも大半の人にとってプラスに働く場合にそうするべきであり、一部の人の主観に基づいて行う必要は全くない。

 ムスリムは自分たちの生国がそうであるし、同胞(同じ信者)が多いから勘違いしているけども、ムスリムのルールはムスリムのためだけのモノであって、非ムスリムにとっては何の関係もないどころか、場合によってはマイナスになるルールだという自覚が全くない事そのものが、一番の問題なんだと思う。

 

追記。

 駄文書いてる間に、いいまとめできてた。

togetter.com

 んでさっそく、ハラル認証された肉が簡単に手に入る事と、ハラル認証された肉を用い、(コスト、安定した流通経路、調理環境、配膳などなど様々な問題点をクリアして)学校給食として提供出来るかどうかって事が全く分別出来てないウルトラバカが、ドヤ顔で他人をバカにするという地獄ブクマがついたよ! バカって果てしないから凄いね!

ハラール認証に対しての考察 - Togetterまとめ

おバカさん達、ハラール認証された肉が日本でも簡単に手にはいることも知らんのだな。

2017/02/10 22:07

b.hatena.ne.jp

「宗教に寛容である」という事は、特定宗教の教義を信じたり、教えを守って生活する事を悪し様に否定せず、理解する事であり、特定宗教の教義を受け入れる事じゃないんだけど、その辺りの区別がついてない人が善人ぶって識者風吹かすのが困った話なんだよなあ。

 今回の問題に関しては、ムスリムの戒律で通常の給食が食べられないという事情に配慮し、弁当の持参や食べられない給食は残してもよいという代替案が出た時点で終わってる話なのね。

 特定宗教と関わりのない人たちにとって不利益とならない代替案すら認めて貰えない状態こそが「宗教に不寛容」な状態なのであって、そうした代替案を認めてもらって尚、特定宗教と関わりのない人たちにとって不利益となる宗教儀礼の成立(この場合、ハラルの適用により牛や豚が食べられなくなる児童)を否定するのは、不寛容でも何でもない。

 特定宗教の宗教儀礼を優先した結果、そうでない人たちが不利益を被るならば、それを認める事は寛容でも何でもない。それは特定宗教の優遇であり、それ以外の宗教や非宗教者に対する差別そのものだ。

 今回の件でムスリムの肩を持つムスリム以外の宗教者や非宗教者って、特定宗教の宗教儀礼を優先する事をアファーマティブアクションか何かと勘違いしてんじゃないかなあ。

 もちろん前述した通り、ヒジャブやブルキニのように代替可能で他者に迷惑をかける要素のない儀礼の容認や、侮辱の言葉を投げられるといった差別とは切り離して考えるべきなのは前述通り。

「共謀罪が成立すると、一般市民が集まって犯罪を計画・企図したら捜査や処罰の対象になりかねない」?

YouTube 政治

www.youtube.com

 14分辺りから、階民進党議員の発言を以下に書き起こし。

階猛「あのですね。今、組織的犯罪集団と言いましたけども、その定義もハッキリしない。それも外延が明らかになってないんですよ。で、共謀罪のマイナス面は、そうした一般市民が集まって、犯罪を計画・企図したら、捜査や処罰の対象にもなりかねない、いう事であって、社会的地位も生活環境も一変してしまうリスクがあるという事なんです」

 

与党による野次「ないよ」

 

階猛「ないよと言うんだったら定義を示してください。定義が示されてないからこういう指摘を」

  いやいや、集団で集まって犯罪を計画・企図する一般市民って何だよwww

 それ、すでに犯罪予備集団だろwww

 民進党議員の懸念が正しいなら、現在制定されてる予備罪も直ちに廃止しないと、殺人、身代金目的の誘拐、強盗、内乱、外患誘致、放火、通貨偽造、その他犯罪に使う目的で凶器を準備する行為などを計画・企図する一般人の社会的地位や生活を守れないって事になるぞwww

 共謀罪の問題点は数多いと思うけど、この批判は批判になってなさすぎてやばいわ。

 つか、野次飛ばした与党もバカだろ。

 どうせ野次を飛ばすなら「犯罪を計画・企図する一般人なんていねーよ」くらい突っ込め。